東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11653号 判決 1968年12月14日
原告(反訴被告、以下「原告」という。) 中山泰男
右訴訟代理人弁護士 若泉ひな越
被告(反訴原告、以下「被告」という。) 株式会社 マルマン
右代表者代表取締役 片山豊
右訴訟代理人弁護士 大西保
同 今泉政信
右大西訴訟復代理人弁護士 佐藤敦史
主文
本訴につき、
被告は原告に対し、一〇五三、三八〇円とこれに対する昭和四一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
反訴につき、
原告は被告に対し、二、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年一一月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
本訴につき、
主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言
反訴につき、
被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
本訴につき、
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
反訴につき、
主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言。
第二、本訴関係
(請求原因)
一、原告は昭和三七年二月からライター、時計バンド等の製造販売をしている被告に雇傭されていたところ、同三九年九月二一日被告から米国出張を命ぜられ、同日から同四一年九月七日帰国するまで同国で勤務し、同月一二日被告を退職した。
二、右出張に際し、被告は原告に対し、月六八、三〇〇円の俸給のほか出張期間中月一四七、六〇〇円の海外派遣員手当を支給することを約した。
しかるに、被告は同四一年三月末日までの俸給と同年四月二四日までの右手当を支払ったが、その後の支払をせず、また、同四〇年一二月分の俸給中二五、二八〇円も支払わず、未払俸給等の総額は別表のとおり一、〇五三、三八〇円である。
三、よって、原告は被告に対し、右金員とこれに対する本訴訴状送達の翌日である同四一年一二月九日から完済まで年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める。
(答弁と抗弁)
一、請求原因事実中、第一項につき、原告が昭和四一年九月七日帰国するまで米国で勤務し、同月一二日退職した事実は否認し、その余は認める。同第二項は、被告に原告主張の未払俸給等の支払義務があることを争い、その余は認める。
二、本出張命令の内容は、被告が米国において被告と同種の営業目的を営む現地法人訴外マルマン・ユー・エス・エー・コーポレーション(以下「現地法人」という。)を設立するまでこれが設立準備に従事し、右設立後は被告を休職となり、現地法人の総務部長に就任してその職務に専念し、給料、手当等は同法人が支給し、被告は支払義務を負わないという趣旨であり、原告もこれを了承して出張した。現地法人は同四〇年四月二二日設立されたから、同日付で原告は被告から休職に付されるとともに同法人の総務部長に就任し、じ来右部長としての職務に従事した。
したがって、被告は、原告との前記約定により、現地法人設立後は原告に俸給手当を支払う義務はなく、原告主張の同法人設立後の支払分は、被告が同法人の支払うべきものを立替払いしたにすぎない。
仮りに右主張が認められないとしても、原告は同四一年一月以降米国での所在が明らかでなく連絡が取れぬため、被告は原告に対して同四一年四月一日付で解雇する旨の意思表示をし、右意思表示は同月一五日までに原告に到達したから、これにより、原、被告間の雇傭契約は終了し、したがって右四月一日以降の俸給等について被告に支払義務はない。
(抗弁に対する答弁)
被告主張日時に現地法人が設立され原告が総務部長に就任したことは認めるが、同法人設立後の給料等の支払義務者についての約定は否認する。
第三、反訴関係
(請求原因)
一、原告は、前述したように現地法人の総務部長であったところ、同法人においては商品の信用取引をする場合あらかじめ社長の決裁を経る定めであったにもかかわらず、これが手続を取ることなく、昭和四〇年八月までの間に訴外センチュリーコマース社(以下「訴外会社」という。)に対し代金合計一三、九二〇ドル(円換算五、〇一一、二〇〇円相当)相当のガスタイラー・時計バンドを手形または代金後払いの約で売り渡したため、右代金はその後全額回収不能となり、現地法人は代金相当額の損害を蒙った。右損害は、原告が前記定めの履行を怠ったことによるものであるから、原告はこれが賠償の責めを免れない。
二、現地法人は、同四二年一〇月一八日原告に対する右損害賠償債権を被告に譲渡し、この旨同月二七日付書面で原告に通知し、同書面は翌日頃原告に到達した。
以上により、被告は原告に対する前記損害賠償債権を取得したから、原告に対し、同債権中内金二、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する反訴状到達の翌日である同四二年一一月九日から完済まで年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める。
(答弁)
請求原因事実中、第一項につき、信用取引する場合社長の事前決裁を要すること、本件売掛金が回収不能になったことは否認し、その余は認める。原告に債務不履行による損害賠償の責任がある旨の主張は争う。第二項につき、原告が被告主張の書面を受領したことは認めるが、その余は知らない。
第四、証拠関係 ≪省略≫
理由
(本訴関係)
一、原告は昭和三七年二月からライター、時計バンド等の製造販売をしている被告に雇傭されていたところ、同三九年九月二一日被告から米国出張を命ぜられて渡米し、同四〇年四月二二日現地法人設立と同時に同法人の総務部長に就任してその職務に従事したこと。右出張に際し、被告は原告に対し俸給として月六八、三〇〇円、海外派遣員手当として月一四七、六〇〇円を支給する旨を約したこと。以上の事実は当事者間に争いがなく、原告が同四一年九月七日米国から帰国したことは、原告本人尋問の結果から認定でき、これに反する証拠はない。
二、被告の抗弁について判断する。
(一) 被告は、現地法人設立後の原告に対する給与は、同法人が支払義務を負う旨の約定が原、被告間で成立したと主張するが、≪証拠判断省略≫≪証拠省略≫によると、現地法人設立後の原告に対する給与が同法人名義の銀行口座から支払われていることは明らかであるが、同法人は、被告が全額(二〇、〇〇〇ドル、円換算七、二〇〇、〇〇〇円相当)出資して設立し、社長は被告の専務取締役が就任し、米国駐在員も原告ほか一名の被告社員が充てられ、被告商品の米国における販売を目的としており、前記口座も、従前原告の個人名義であったものを同法人が発足したためその名義で開いたことが認定でき、これを左右する証拠はないから、以上のような被告と現地法人との関係からすると、前記口座から給与が支払われたことから直ちに被告主張の約定の成立を推認することはできず、他にこの点の証拠はない。
(二) 被告は同四一年四月一日付で、原告を解雇した旨主張するが、被告の全立証によっても、右解雇の意思表示が原告の本訴請求にかかる同年九月一二日までに同人に到達したと認めることはできない。(≪証拠省略≫によっても、原告が被告から自然退職の取扱をされていることを同年五月一三日頃知っていた事実が認定できるにとどまる。)
以上により、被告の抗弁はいづれも理由がなく採用できない。
三、一で述べたところと、前掲尋問の結果から認定できる原告が同四一年九月一二日被告に退職する旨申し入れた事実からすると、被告は原告に対し、渡米以降同年九月七日までの前記手当、同月一二日までの俸給を支払うべき義務があるところ、同年三月末日までの俸給(後記の一部未払分を除く)と同年四月二四日までの前記手当が支払済であることは当事者間に争いがなく、同四〇年一二月分につき二五、二八〇円の未払分があることは、≪証拠省略≫から明らかであるから、結局、被告は原告に対し右支払分を控除した残額を支払うべきであり、同額が本訴請求額になることは計算上明らかである。
よって、被告は原告に対し俸給等一、〇五三、三八〇円とこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな同四一年一二月九日から完済まで年五分の法定利率による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は理由があるから認容すべきである。
(反訴関係)
一、原告が現地法人の総務部長として在職中昭和四〇年八月までの間に、社長の決裁を経ることなく訴外会社に対して代金合計一三、九二〇ドル(円換算五、〇一一、二〇〇円相当)相当のガスライター・時計を手形または代金後払いの約で売り渡したことは当事者間に争いがなく、右売掛金がその後全額回収不能となり、同法人が代金相当額の損害を蒙ったことは、≪証拠省略≫から明らかである。
二、≪証拠省略≫によると、原告は、米国出張中現地法人設立の前後を通じて、多額の信用取引をする場合事前に社長(現地法人設立前は被告、設立後は同法人)の決裁を経ることを要請されていたこと、原告は訴外会社の信用状態が皆無に近いことを知りながら、単に支払時期を猶予すれば転売代金で支払う旨の相手方の言葉だけを信用してこれと取引をしたことが認定でき(る。)≪証拠判断省略≫そして、本件取引額が現地法人の資本額の七割に達するものであることは、前述したところから明らかである。
右認定によると、原告が訴外会社と取引を開始するに当り、あらかじめ社長の決裁を要したことは否定できず、同会社の信用状態からして、現地法人の蒙った前記損害が原告の右義務違反により生じたことは明らかであるから、原告は同法人に対しこれが損害を賠償する責めを免れないというべきである。もっとも、原告は、その尋問において、原告は本件取引を行なうに当り社長あてに照会したが返事がなく、日本から送金できない旨の連絡もあり、営業資金に困った揚句、右取引を行なった旨供述している。しかし、≪証拠省略≫によると、同四〇年一一月末までは、現地法人の取引による入金は順調であり、銀行預金も可成り残高があったことが認定できるから、前述の営業資金に困った旨の供述部分は採用できず、社長が原告の照会に対して返事しなかった旨の供述部分が仮りに採用できるとしても、これが「債務者の責めに帰すべからざる事由」に該当するとは到底解せられない。
以上により、現地法人は原告に対して被告主張どおりの損害賠償債権を取得したというべきである。
三、≪証拠省略≫によると、現地法人が同四二年一〇月二七日以前に前記債権を被告に譲渡したことが認定でき、原告が同月二八日頃同法人から債権譲渡の通知を受けたことは、当事者に争いがない。
右によると、原告は債権譲受人である被告に対し、被告請求にかかる損害賠償金の内金二、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する反訴状送達の翌日であることが記録上明らかな同四二年一一月九日から完済まで年五分の法定利率による遅延損害金を支払う義務があり、被告の反訴請求は理由があるから認容すべきである。
よって民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
なお、仮執行の宣言をつけることは相当でないから、これが申立はいづれも却下する。
(裁判官 宮崎啓一)
<以下省略>